ソーシャルライブラリー

【書評】博覧会の政治学

 2013/9/8 1回目読了。
 19世紀に始まり20世紀に全盛期を迎えた博覧会を政治的に分析した本。博覧会は、帝国主義、消費社会、大衆娯楽という三つの要素を融合させた「ディスプレイ」である。著者(吉見俊哉)が30代の頃に書いた本で、どことなく、文体に研究書風の緊張と堅さが感じられる。

 ところで「明治初期、山本覚馬(京都府顧問)が中心となって、京都で博覧会が開催された」と大河ドラマ『八重の桜』で説明があった。京都の博覧会に関する本中の記載は次のとおり。「なかでも京都で、明治四年以来毎年のように開催されていった博覧会は、帝都としての地位を失って衰退気味の京都経済を立て直そうと地元の資本家を中心に推進されたもので、審査制度の導入や輸入機械の展示などはっきりとヨーロッパの博覧会を意識したものであった」。(p.122-123)

【書評】フェルマーの最終定理

 2013/9/20 2回目読了。
 フェルマーの最終定理(予想)が証明されるまでの数学者たちの道のりを描いた本。本の主人公は、フェルマーの最終定理を最終的に証明したアンドリュー・ワイルズ。

 第犠 「ここで終わりにしたいと思います」
 ・アンドリュー・ワイルズがフェルマーの最終定理に興味を持った最初のきっかけでもある、ピュタゴラスの定理を証明した数学者ピュタゴラスと彼の教団を紹介。
 
 第蕎 謎をかける人
 ・フェルマーの最終定理(予想)を示した数学者ピエール・ド・フェルマーの生涯と、フェルマーの最終定理(予想)が生まれた瞬間を紹介。
 
 第珪 数学の恥
 ・フェルマーの最終定理の証明に向けて、それぞれの時代で格闘した数学者たち(レオンハルト・オイラー、ソフィー・ジェルマン、ガブリエル・ラメとギュスタン・ルイ・コーシー、エルンスト・クンマー)と彼らの取り組みを紹介。
 
 第絃 抽象のなかへ
 ・資本家パウル・ヴォルフスケールがフェルマーの最終定理を証明した場合の懸賞金を設立し、アマチュア数学者が懸賞の応募に殺到。
 ・20世紀の数学者たちが取り組んだ数学の取り組み(ヒルベルト・プログラムへの挑戦、ゲーデルによる不完全性定理、アラン・チューリングによる暗号解読)を紹介。
 ・アンドリュー・ワイルズが数学(楕円方程式)の研究者として第一歩を踏み出す。
 
 第江 背理法
 ・後にフェルマーの最終定理(予想)の証明につながる谷山・志村予想が、谷山豊と志村五郎によって提起される。
 
 第詐 秘密の計算
 ・アンドリュー・ワイルズが谷山・志村予想(≒フェルマーの最終定理)を証明するべく、たった一人で本格的な研究を始める。過去の数学の研究(エヴァリスト・ガロアによる研究、コリヴァギン・フラッハ法)が彼の研究に生かされ、7年に及ぶ研究の末、ワイルズがついに谷山・志村予想(≒フェルマーの最終定理)を証明する。
 ・証明の記念講義が発表され、参加者全員が大歓声を挙げる。
 
 第讃 小さな問題点
 ・アンドリュー・ワイルズが成し遂げた谷山・志村予想の証明に問題点が見つかり、その修復に相当の苦労が費やされる。1年後、問題点を完全に克服した研究が完成し、フェルマーの最終定理はついに証明された。
 
 第湿 数学の大統一
 ・フェルマーの最終定理が証明された後の数学の世界における種々の課題について紹介。

以上

【書評】マーケティング (日経文庫)

 2013/9/8 3回目読了。
 マーケティング研究の基本をコンパクトに紹介した文庫本。

【書評】給与明細は謎だらけ

 2013/9/8 3回目読了。

 日本におけるサラリーマンの税制の現状を説明した本。サラリーマンに逃げ道なし。要約は書中にある各章のポイントを書写。
 
 第1章 給与明細の謎
  ・手当は基本的に課税される。
  ・配偶者手当は、配偶者に103万円以上収入があると支給しない会社が多い。
  ・深夜勤務の際の、ホテルの宿泊代・帰宅のタクシー代は課税されない。
  ・宿直・日直手当は1回につき4,000円以下(食事代含む)なら課税されない。
  ・深夜勤務の際の食事代は、1回につき300円以下なら課税されない。
  ・通勤手当は、月10万円までなら課税されない。
  ・以下の手当などは業務上必要だったり、社会通念に照らして妥当ならば原則課税されない:出張の旅費・日当、転居費、征服、在外手当、見舞金、社員・研修旅行費など
  ・社会保険料は実質上課税されない。
  ・財形貯蓄は、財形年金貯蓄と財形住宅貯蓄の2つの元利合計が550万円までなら利子に課税されない。
  ・組合費に税金の控除はない。
  ・源泉徴収の額が間違っていたら、税務署ではなく会社に訂正してもらうしかない。
  ・賞与(ボーナス)の源泉徴収の計算方法は、月々の給与とは違う。
  ・社会保険料の金額の確認はその月の給与明細からは困難。
 
 第2章 必要経費の謎
  ・サラリーマンには、原則必要経費は認められていない代わりに、給与所得控除がある。
  ・サラリーマンの必要経費としてよく指摘されるものは、
   )楝蝓⊃景溝紂∋駑疎
   交際費
   E渡誕
   で惺、靴、鞄、文房具などの消耗品
   ゼ分で買った業務用に使用するパソコンなどの備品代
   自分の能力を高めるための英会話学校、パソコン教室の授業料
   Ъ屬把牟个靴討い訃豺腓亮屬慮恐曾却費
   ┠陳ぢ
   昼食代
  ・配偶者が内職などをしている場合、給与所得者と同様に、65万円を控除してもよい。
  ・特定支出控除制度は、サラリーマンの支出した必要経費すべてではなく、通勤費や引っ越し費用など、特定の支出のみを控除できるようにした制度だが、ほとんど利用されていない。
  ・通勤者の譲渡損失は給与所得と相殺できない。
 
 第3章 控除の謎
  ・所得税=課税総所金額×税率
   (課税総所金額=総所得金額―各種の所得控除)
  ・生活に困窮している場合は年間約90万円までは非課税で受給できるのに、自分で稼ぐ場合は所得が年間38万円以上になったら課税される。
  ・子どもや両親などがいる人が扶養控除を受けるには、その人と「生計を一」にしていることなどが条件になる。
  ・自分の子どものアルバイト収入が年間103万円を超えると、扶養控除が適用されない。
  ・親族が受け取る年金が年間158万円までの場合、65歳以上の親族なら38万円、70歳以上の親族なら48万円を控除できる。
  ・配偶者の給与収入が年間103万円までなら配偶者控除が、年間140万円までなら配偶者特別控除が適用される。
  ・配偶者控除は、内縁関係の場合は適用されない。
  ・年間10万円を超える医療費は医療費控除の対象になる。ただし、会社で年末調整してくれないので、自分で確定申告しなければならない。
  ・社会保険料、生命保険料、地震保険料、寄付金などはそれぞれ所得控除の対象になる。
  ・配偶者と死別後や離婚後に結婚していない人は、寡婦・寡夫控除の対象になる。
 
 第4章 年末調整の謎
  ・年末調整は会社の義務である。
  ・婚姻届を出すなら年末、離婚届を出すなら年が明けてから、というのが納税者にとって合理的。
  ・サラリーマンの91%が年末調整を受けている。
  ・所得税には、「超か累進税率」という仕組みが適用されている。
  ・年末調整による厳選調整が間違っていたら、会社に修正してもらう。
  ・年収2,000万円を超える場合、サラリーマンで副所得が20万円を超えた場合などは確定申告が必要になる。
  ・10万円を超える医療費を払ったとき、災害や盗難に遭ったとき、寄付をしたとき、マイホームを取得したときなどは、確定申告をすると、所得税が還付されることもある。
 
 第5章 出向・解雇・倒産と税金の謎
  ・会社にとって、正社員を雇うよりも、派遣会社から人を調達した方が、消費税の負担が軽くなる。
  ・1年以上の海外勤務の場合、払われる給与は「国外」の所得になり、日本では課税されない。
  ・会社が倒産した場合、労働者健康福祉機構に請求すると、未払給与の8割は支給される(ただし上限があり、最高でも45歳以上の人で296万円)。
  ・2012年の適格退職年金制度廃止に伴い、在職中なのに一時金が支給されることがあるが、税務署はこれを給与所得として課税したがる。
 
 第6章 退職金・年金と税金の謎
  ・退職金は税制面で優遇されている。
  ・公的年金は、「雑所得」に分類される。
  ・65歳以上が対象となる「老年者控除」と公的年金の非課税上乗せが2005年に、非課税貯蓄が2006年に廃止された。
  ・年金が多い場合や、他の所得もある場合には、確定申告をしなければならない。
  ・離婚時の年金分割、及び厚生年金分割の制度について、具体的な分割方法は複雑である。
  ・日本の相続税は、同じ金額の財産を相続しても相続財産の分割のしかたによって、具体的な税額が変わる独特な制度になっている。
  ・相続税の基礎控除は、<5,500万円+1,000万円×法定相続人の数の合計額>

【書評】僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由

 2013/8/10 2回目読了。
 <ふと立ち止まり、ときに立ち竦んでしまっている>若者の青春を描く青春小説兼ノンフィクション文学。著者は当時21歳。1回目読了の頃は就職活動の最終盤で、大変に勇気づけられました。

 以下は書中の印象深い文章です。

 「僕は新宿の街を歩いていた。
 人々の流れはいつもと変わらない。しかし、僕の中では何かが変わっていた。道すがらたくさんの人たちとすれ違った。スーツを着たサラリーマンやOL、カップルや一人で紙袋を持って歩く人。そうした多くの人々のなかに、やはり多くの若者たちの姿がある。楽しそうに笑っている者、無表情に歩く者、所在なさげに誰かを待っている者。
 そんな人の渦のなかにいながら、ふと胸が熱くなるのを感じた。おそらく、彼らと僕とが深くかかわりあうことはない。しかし、みな自らの人生のなかに多くの葛藤を抱え、多くの不安を抱え、そして、多くの喜びを感じながら生きているに違いないのだ。
 ただの塊に見えていた集団のなかには、驚くほど多くの個があった。そして、彼らはみな、今日も明日も明後日も、自分の人生を切り開こうとしているはずだった。僕が出会った八人の若者たちもそのなかにいる。僕もそのなかにいる。一人として。個人として。
 僕はいままで、社会というものを壁の向こう側にある大きな鍋だと思っていた。そして、社会に出ることに対しての戸惑いを胸に抱いている悩める若者たちが壁の前で立ち止まり、列をなしているのだと感じていた。
 しかし、ふと気がつくと、前に立ちはだかっていたはずの壁は消えてなくなっていた。湯気を立ち上がらせていたはずの煮え立つ鍋もなかった。後ろを振り返れば、列をなしていたはずの若者たちの姿もどこにも見えない。ただ広大な大地に一本の道だけがあり、僕はたった一人で立ち尽くしていた。そこは、他の誰のものでもない、僕のためだけにある、僕だけが歩いている道だった。
 一人一人が一人一人の道を歩いている。それは、僕が何人かの若者たちと出会って、気づかされたことだった。そして、彼らが一人で歩いてきた道と僕の道とが一瞬交差したとき、彼らの人生に起こったことを僕は少しだけ尋ねてみたに過ぎない。彼らは僕は少しの時間を共有した後、各々の道を今も歩き続けている。
 (中略)
 彼らはみな、自らの人生を切り開こうとする途上の若者たちだ。
 しかし、たとえ若者ではなくなってからでも、彼らが『途上』であることに変わりはない。どこまでも続く自分だけの道をこれからも一人で歩き続けていかなければならない。誰も代わりに歩いてはくれないし、背負っている荷物を塵ほどの重さでさえ肩代わりしてもらうこともできない。そして、誰かの荷物を背負ってあげることだってできない。僕は彼らの言葉の端々から、そんな思いにならぬ思いを知らず知らずのうちに感じ取っていたのかもしれない。だけど―――
 だけど、僕らは理解することはできる。一人で歩かなければならないことも、背負っている荷物を肩代わりしてはもらえないことも、そして、肩代わりすることだってできないことも。そう思うと、胸の中で凝り固まっていた何かが、少しずつほぐされていくような気分に僕はなる。胸を張らずとも、自信はなくとも、それでも人は社会への最初の一歩を踏み出すことになる。そして、いつまでも『途上』のまま、足を前へ前へと進めるのだ。
 道は続く。そして道に立っている以上、歩き続けなければならない。当然、僕も含めて。
 足の踏み出し方は違っていたとしても。その歩みに遅いも早いもない。
 道のかたちは違っていたとしても、その道のりに優劣はない」(p.284-p.287)



【書評】学問のすすめ 現代語訳

 2013/8/4 2回目読了。
 明治日本の啓蒙思想家(福沢諭吉)による人民啓発書。明治初期の大ベストセラー。

 初編 学問には目的がある
  ・人は一所懸命に実学を学び、自由独立しよう。
 
 第2編 人間の権理とは何か
  ・人は皆、権理(生命、財産、名誉が守られる)を平等に持っている。
 
 第3編 愛国心のあり方
  ・国も権理を対等に持っているものの、人民が独立して初めて、国も独立する。
  
 第4編 国民の気風が国を作る
  ・日本が独立するには、個人が独立していない現在の気風を一掃しないといけない。
 
 第5編 国をリードする人材とは
  ・独立の気概を持った中産階級が事業を実行することで、国の文明は発展する。
  
 第6編 文明社会と法の精神
  ・国民の役割は、自分の代理として政府を立てることと、政府が作った法を守ることである。国民は、自身に不便な法を政府に変えさせるように努力し、勝手に法を破ってはいけない。
 
 第7編 国民の二つの役目
  ・国民は、客の立場から考えれば、国法を重んじて、人は皆平等であることを忘れてはならない。主人の立場から考えれば、一国の人民が政府である。
  
 第8編 男女間の不合理、親子間の不合理
  ・上下貴賤は不合理である。男女間、親子間の関係にも差別的な考えが残っている。

 第9編 よりレベルの高い学問
  ・一身の衣食住を得るだけで満足せず、文明の発展に寄与できるように努力せよ。
  
 第10編 学問にかかる期待
  ・日本人として自由独立し、あらゆる事業で外国人と競うことが学問に励む目的である。

 第11編 美しいタテマエに潜む害悪
  ・名分(上下貴賤の区別)は専制君子を生み出す害悪である。
  
 第12編 品格を高める
  ・人間の見識、品格を高めよう。物事の様子を比較して、上を目指し、決して自己満足しないようにしよう。
  
 第13編 怨望は最大の悪徳
  ・怨望は百害あって一利なし。
 
 第14編 人生設計の技術
  ・事業の成否や損得について、ときどき自分の心の中で棚卸をしよう。
  ・保護と指図は同一のものであり、その範囲は一致させよ。
 
 第15編 判断力の鍛え方
  ・物事を信じる、疑うには判断力を必要とする。学問は判断力を鍛えるためにある。
 
 第16編 正しい実行力をつける
  ・言行を一致させよ。

 第17編 人望と人付き合い
  ・人望とは、その人の活発な知性の働きと、正直な心という徳をもって、次第に獲得していくもの。
  ・交際の範囲を広くするコツは、関心を様々に持ち、様々なことに取り組み、多方面で人に接することにある。


【書評】じぶん・この不思議な存在

 2013/7/27 4回目読了。
 臨床哲学者による本。自分が大学を受験した頃、現代文の問題文で目にしたことが2~3回あります。

 「じぶん」の根拠は他者にしかありません。けれども他者がいなくても「じぶん」が存在するように無根拠に思える(身体であったり心であったり・・・)のが、「じぶん探し」の問いに隠れている罠です。その罠に進まないようにするには、じぶんを取り巻く他者への意味ある関与をじぶんがすることで、罠への道が思い浮かばないようにするのが一策です。「<わたし>とは、わたしがじぶんに語って聞かせるストーリーであ」(p.175)り、「<わたしはだれ?>という答えはない」、「ある他者にとっての他者のひとりでありえているという、そうしたありかたのなかに、ひとはかろうじて自分の存在を見いだすことができるだけだ」(p.176)。


 以下、印象に残った箇所を書写。


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【書評】〈子ども〉のための哲学

 2013/7/21 3回目読了。
 この本に書いてあることを私なりにわかる気分になったのは、私が〈哲学〉と「哲学」をやったからなのか、私が〈哲学〉を終え気味で「思想」を身に付ける途上にあるからなのかと思いました(実のところ、ときどき、自分がそうなりつつあるかもしれない、と事後的に感じる場面に遭遇したと感じることが増えつつあります)。

 少しずつ過去にマーカーを引いた箇所を主に読み直しました。最も印象に残った箇所。こういうところに私は興味を持つようです。
 
「すでに実現されている平々凡々たる現実こそが、平々凡々たる現実であるからこそ、最も困難な、最も微妙な課題であり、規範ですらある、というこの認識は、いろいろな場合にとても重要な意味をもつ、と僕は思う。
  個人についてではなく、社会についても、同じようなことがいえるだろう。世の中をよくするよりもそのまま維持することのほうが、むしろ困難で微妙な課題だろう。善悪についても、そうだろう。極端な善人もいれば、極端な悪人もいて、その中間にいろんな人がいる。そして、それこそがよい状態なのだ。それは与えられた現実であると同時に実現すべき課題なのだ」(p.162-163)



 以降も同様に、印象に残った箇所を書写。

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【書評】百年前の私たち

 2013/7/15 2回目読了。
 明治・大正期における大衆を描いた本。テーマによっては現代における認識も明治・大正期におけるそれと大差ないとわかる。

 第一章 「脳力」とは何か
 明治・大正期にも日本に「脳」ブームがあった。その時期に書かれた「脳科学」本はどれも「トンデモ本」だった。
 
 第二章 進化論と優生学
 百年前の日本人には、日本民族を「人種改良」して(進化論)、さらに「民種改善」しよう(優生学)という考えが広まっていた。
 
 第三章 なぜ「社交」が必要だったのか
 明治・大正期には、立身出世のために「社交」の必要性と有用性が喧伝されていた。
 
 第四章 社交場としての博覧会
 明治・大正期にしばしば開催された東京勧業博覧会は、「帝都」が「関西」や「日本」よりも上の存在であることを表象する装置だった。
 
 第五章 不純な男女交際
 明治・大正期に起こった男女交際バッシングには、「男の愛は能動で女の愛は受動」という思想が根底にあった。

 第六章 男は神経衰弱、女はヒステリー
 明治中期から大正期にかけて、神経衰弱は男の、ヒステリーは女の病であり続けた(病が男性性、女性性というジェンダーを持った)。

 第七章 性慾を研究する時代がやってきた
 明治四十年代以降、本格的には大正期に入ってから、性慾研究が始まった。
 
 第八章 学生という階級
 明治・大正期の大学生は超エリートで、一つの階級を形成していた。
 
 第九章 青年たちのハローワーク
 明治四十年代以降、学歴が就職に結びつかなくなり、大学生に対する修養(人生論・処世術を説く)が流行した。
 
 第十章 「堕落女学生」は世間が作る
 明治中後期・大正期には、高等女学校の学生に対して「堕落女学生」というバッシングが起こっていた。
 
 第十一章 女は「矛盾」、女は「謎」
 明治・大正期において、女性の心には男性の心とは異なる本質的な特徴があると信じられていた。
 
 第十二章 結婚の前夜に
 明治・大正期の女性にとって、結婚が人生の最大目標だった。
 
 第十三章 「婦人問題」とはどんな「問題」か
 明治・大正期、「男女平等」という思想は男性にとって脅威であり、「婦人問題」として「問題」視されていた。
 
 第十四章 バックラッシュ!「新しい女」
 「男性と同等に」独立し自活しようと主張する女性は「新しい女」と呼ばれ、男性と保守的な女性から激しく攻撃された。
 
 第十五章 危険思想だった「自我」
 明治期、「自我」は自分の権利を主張することと捉えられ、反国家体制的な危険思想とみなされていた。大正期には、国家体制を否定するものではない言葉として、「自我」は「人格」という言葉に置き換わった。

以上


【書評】現代語訳 論語と算盤

 2013/7/14 2回目読了。
 『論語と算盤』(1916年)の現代語抄訳版。渋沢栄一の経営哲学。
 
 第1章 処世と心情
 『論語』(武士の精神)と算盤(商人の才覚)とを併せ持とう。
 
 第2章 立志と学問
 志を立てて、学問に励もう。
 
 第3章 常識と習慣
 常識(ごく一般的な人情に通じて、世間の考え方を理解し、物事をうまく処理できる能力)と良い習慣(普段からの振る舞い)を身につけよう。
 
 第4章 仁義と富貴
 道理と欲望とを兼ね備えて生きよう。
 
 第5章 理想と迷信
 理想を抱き、迷信を打破して、文明の発展に寄与しよう。
 
 第6章 人格と修養
 人格を高め、自分を磨こう。

 第7章 算盤と権利
 『論語』の教えに従って全うに事業をしよう。
 
 第8章 実業と士道
 日本人はこれから実業道で世に立とう。
 
 第9章 教育と情誼
 道徳を育もう。
 
 第10章 成敗と運命
 自分ができることをすべてしたうえで、運命を待とう。

以上




【書評】はじめての言語ゲーム

 2013/6/29 2回目読了。
 哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン(以下L・W)の人生と彼の生み出した思考「ゲーム理論」の入門書。

 第1章 オーストリアの首都ウィーンの上流階級ヴィトゲンシュタイン家に生まれたL・Wの少年期を紹介。後のナチスドイツ指導者アドルフ・ヒトラーとのすれ違い(の可能性)にも言及。

 第2章 数学の基礎
 数学の一分野「集合論」の紹介。
 
 第3章 ケンブリッジの日々
 L・Wはイギリスのケンブリッジ大学に渡る。数学者バートランド・ラッセルの指導を受けながら、L・Wは数学と論理学を基礎にした哲学の才能を開花させていく。
 
 第4章 『論理哲学論考』
 第一次世界大戦に出兵したL・Wは、(ヨーロッパ)世界が壊れようとする中で、「世界の価値と意味を論証する」ことを目的に『論理哲学論考』(以下『論考』)を著した。
 『論考』のエッセンスは次のとおり。
  (1) 世界は、分析可能である。
  (2) 言語も、分析可能である。
  (3) 世界と言語とは、互いに写像関係にある。
  (4) 以上、(1)〜(3)のほかは、言表不能=思考不能である。
 
 第5章 放浪の果てに
 第一次世界大戦の後、L・Wは哲学に対する興味を失い、10年にわたってヨーロッパを放浪した。10年後、L・Wは『論考』の誤りを見つけ、哲学に復帰する。
 
 第6章 言語ゲーム
 L・Wはケンブリッジ大学に戻り、「言語ゲーム」を考え始めた。言語ゲームとは「規則(ルール)に従った、人びとのふるまい」をいう。「言語ゲームは、私たちが用いることを可能にし、私たちが住むこの世界を成り立たせていることがらそのもの」。(p.122)
 
 第7章 ルール懐疑主義
 L・Wはルール懐疑主義(「ルールなんて存在しない」などの考え)と徹底的に戦った。
 
 第8章 1次ルールと2次ルール
 「法のルール説」を言語ゲームと結び付けて説明。
 
 第9章 覚りの言語ゲーム
 仏教を言語ゲームを使って説明。
 
 第10章 本居宣長の言語ゲーム
 江戸時代の日本(人)を言語ゲームを使って説明。
 
 第11章 これからの言語ゲーム
 言語ゲームを使って世界(人間社会)を捉える試みには豊かな可能性がある。

以上



【書評】現代語訳 武士道

 2013/6/22 2回目読了。
 国際派日本人(新渡戸稲造)が外国人に向けて書いた日本文化論。
 
 第1章 道徳体系としての武士道
  ・武士道 chivalty とはサムライが守るよう要求され、また教えられた道徳の掟である。(p.20)

 第2章 武士道の源泉
  ・武士道の源泉は次の3つである。
   1) 仏教 Buddism 。仏教は運命に対する穏やかな信頼、避けられない事柄を心静かに受け入れ、危険や災難を目にしても荘厳に落ち着き、性に執着せず、死に親しむ心をもたらした。(p.26)
   2) 神道 Shintoism 。主君に対する忠、祖先への崇拝、親への孝は、神道の教義によって武士道に注入された。(p.27)
   3) 儒学(孔子と孟子)は社会における道徳関係をサムライに説く教科書だった。(p.30-31)
 
 第3章 義―あるいは正義について
  ・義 retititude は、卑怯な行動や不正な行為ほど恥ずべきものはない、というサムライの心性である。(p.37)
  
 第4章 勇気―勇敢と忍耐の精神
  ・勇気 courage とは正しいことをすることである。(p.43)

 第5章 仁―惻隠の心
  ・仁 benevolence とは慈愛や寛容の心であり、統治者の最高の要件である。(p.52)
 
 第6章 礼
  ・礼 politeness とは他人の気持ちや立場を思いやる心のあらわれである。(p.66)
  
 第7章 信と誠
  ・信 veracity と 誠 sincerity は真実を語る・示すことである。(p.77)

 第8章 名誉
  ・サムライは、サムライとして相応しい人格の尊厳と価値を得ることを名誉 honour としていた。(p.87)

 第9章 忠義
  ・忠義 loyalty とは、目上の者に対する服従および忠実からなる。(p.96)

 第10章 武士の教育
  ・武士の教育で重視された第一の点は人格の形成であった。(p.108)

 第11章 克己
  ・サムライには克己 self-controlの気質がある。(p.116)

 第12章 切腹と敵討の制度
  ・切腹は法律上ならびに礼法上の一つの制度だった。武士が罪を償い、過ちを詫び、恥を免れ、友を救い、自己の誠実を証明する行為だった。(p.129)
  ・敵討は武士道に組み込まれた、社会における倫理的平衡感覚を保つための報復を正当化する制度だった。(p.140)

 第13章 刀、武士の魂
  ・刀はサムライにとって忠義と名誉の象徴である。(p.145)

 第14章 女性の教育と地位
  ・女性の教育は子ども(後の主君)の教育のために行われた。(p.152)
  ・女性の一生は独立したものではなく、男性に従属し奉仕する生涯だった。(p.156)

 第15章 武士道の影響
  ・武士道は、エリート層(サムライ)から民衆に広まり、日本民衆の道徳的基準となった。(p.171)

 第16章 武士道はまだ生きているか
  ・西洋文明の流れ込んだ近代日本においても、武士道は依然として影響を及ぼしている。(p.180)

 第17章 武士道の未来
  ・武士道は体系として消え去る運命にあるが、美徳として生き続ける。(p.197)


【書評】民主党のアメリカ 共和党のアメリカ

 2013/6/8 2回目読了。
 アメリカ在住のアメリカウォッチャーがアメリカの二大政党(民主党と共和党)の対立軸を分析した本。

 以下は勉強になった箇所のまとめ。

 1. 社会価値観をめぐるイデオロギーの激突(第二章)
  ・民主党―自己肯定と楽観主義
  ・共和党―懐疑心と独立心
 
 2. 二大政党のカルチャー(第三章)
  ・民主党―和解と純愛
  ・共和党―孤軍奮闘とほろ苦い人生
 
 3. 建国以来変わり続けてきた対立軸(第四章)
  1) 独立戦争から建国当初の対立軸
   パトリオット(後のフェデラリスト)vsロイヤリスト+ノンポリ厭戦派(後の州権派)
    −賢人政治を志向、ポピュリズムの暴走を警戒vs農園経営者などポピュリスト的世論が背景
    −連邦政府の設置、連邦税課税に賛成vs連邦政府設置、連邦税課税に反対
    −合衆国としての憲法制定vs憲法制定に反対
    −常備軍を設置し、欧州情勢に対抗できる軍事力を志向vs常備軍設置に反対、欧州情勢に対しては孤立主義

  2) 南北戦争の対立軸
   北軍=アメリカ合衆国共和党政権vs南軍=アメリカ連合国民主党政権
    −商工業が基幹産業vs農業が基幹産業
    −ヨーロッパへの遅れから保護貿易を主張vs低コスト体質で競争力があるために自由貿易を主張
    −奴隷解放vs低コストの背景として奴隷労働力の解放に反対
    −合衆国の統一vsアメリカ連合国の独立

  3) 第二次世界大戦直前の対立軸
   共和党vs民主党
    −欧州情勢には不介入vs対戦への介入を覚悟
    −大恐慌に対しては政府の介入はせずvs大恐慌に対してはケインズ政策を発動
    −北部の企業経営者の利害を代表vs都市労働者の利害を取り込みつつも南部も支持母体として維持

  4) 冷戦後期の対立軸
   共和党vs民主党
    −共産主義陣営に対しては封じ込め、その一方でドラスティックな外交vs自由と人権と大義とした戦争を志向し、共産圏との対決姿勢、外交は原則論が中心
    −国内は反共イデオロギーでの統制志向vs支持層内部には反戦思想も拡大
    −小さな政府論vs大きな政府論
    −公的医療保険には絶対反対vs公的医療保険導入を模索
    −黒人への公民権付与には反対vs黒人への公民権付与に賛成
    −北部の企業経営者に加えて南部保守票を取り込みvs北部労働者層に加えて南部黒人票を取り込み

 4. 政策の違い(第五章)
  民主党―大きな政府
  共和党―小さな政府


【書評】男子の本懐

 2013/5/25 2回目読了。
 2人の男(浜口雄幸と井上準之助)が1つの政策(金解禁)に命を懸けて取り組んだことを通じて、人が今ここですべきと覚悟したことに当人が取り組む姿を示した本。

【書評】国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

 2013/5/25 1回目読了。
 いろいろな読み方ができて、最後まで興奮しながら読んだ本。
 ・ 国策捜査の実例。
 ・ 90年代後半から00年代前半にかけての日露外交表裏話。
 ・ 情報分析という仕事分野の話。
 ・ 著者の仕事論(物凄い記憶力やタフな交渉技術など)
 ・ 日本の中央官僚社会の一側面を切り取る。
 ・ 刑務所を取り巻く人々の紹介。
 ・ 裁判闘争の一例。


【書評】哲学の謎

 2013/5/18 3回目読了。
 面白い本であることは変わらないのだけど、かつてこの本から読みとれた哲学テーマのいくつかが読み取れなかった。いくつかのテーマが自分にとって哲学的テーマではなくなったのかも。

【書評】国際政治

 2013/4/7 2回目読了。
 軍備、経済交流、国際機構などを検討しながら、具体的な平和と権力闘争を説く、国際政治学の入門書。
 
 国家は、力の体系であり利益の体系であると同時に、価値の体系でもあります(p.17)。国家が複数あることで、国際社会にはそもそもいくつもの常識があり、いくつもの正義があります(p.19)。国家間の関係は三つの体系が絡み合った複雑な関係であり、複雑な関係が国家間の平和の問題を困難なものとしています。

 軍備と平和については軍備縮小の選択肢に、経済交流と平和については経済援助と南北問題に、国際機構と平和については国際連合の役割に焦点を当てて論じています。いずれの分野においても、「対立の真の原因を求め、除去しようとしても、それは果てしない議論を生むだけで、肝心の対立を解決することにはならないのである。それよりは対立の現象を力の闘争として、あえてきわめて皮相的に捉えて、それに対処していくほうが賢明なのである」(p.198)と控えめな主張を提示します。この控えめな主張は現実主義とも言えます。「現実主義は絶望から出た権力主義のすすめではなく、問題の困難さの認識の上に立った謙虚な叡智」(p.201)です。
 
 このほか普段の生活において示唆深い記載がありました。以下のとおり。
 
「平和の問題に対する人びとの態度は、あまりにも単純なものでありつづけてきた。おそらくその第一の理由は、われわれの知的な怠惰に求められるかもしれない。戦争の原因をある特定の勢力に求め、それを除去することによって平和が得られるという善玉・悪玉的な考え方は、われわれ人間が行動力には勤勉でも、知的には怠惰な存在であることに原因している。昔から、困難な状況に直面した時の人間の態度は、いつも判で押したように同じであった。そんなとき人間は、いつも非難すべき悪い人間や悪いものを見出して、それを血祭りにあげてきたのである。そしてそれは、二重の意味で人間の知的労働を省いてきた。
 まず、それは単純明快であった。つぎにそれは、普通の人びとのほうはなにも変化しなくてもよく、それまでどおりの生活をつづけることを可能にするものであった。もちろん、このような思考法で問題を解決することはできない。しかし悪役を除去する必要が、人間の闘争心を駆りたて、人間を行動的に勤勉にさせた。しばしば、悪玉と善玉のあいだに闘争がおこなわれた。そして、闘争というものは人間を酔わせるものである。闘争のあとで人間は、問題が解決されたと思うことができる。それに闘争は、社会をゆさぶることによって、じじつ少しは問題を解決するのである」(p.13-14)



【書評】ビジョナリー・カンパニー

 20134/7 2回目読了。
 卓越した業績をあげる企業「ビジョナリー・カンパニー」は基本理念を創り出しており、基本理念を維持しつつ、進歩を促していることを調査から論じた本。具体的な方法を5つのカテゴリーに分けて説明。
 1) 社運を賭けた大胆な目標(BHAG)―リスクが高い目標やプロジェクトに大胆に挑戦する(進歩を促す)。
 2)カルトのような文化―すばらしい職場だと言えるのは、基本理念を信奉している者だけであり、基本理念に合わない者は病原菌か何かのように追い払われる(基本理念を維持する)。
 3) 大量のものを試して、うまくいったものを残す―多くの場合、計画も方向性もないままに、さまざまな行動を起こし、なんでも実験することによって、予想しない新しい進歩が生まれ、ビジョナリー・カンパニーに、種の変化に似た発展の過程をたどる活力を与える(進歩を促す)。
 4) 生え抜きの経営陣―社内の人材を登用し、基本理念に忠実な者だけが経営幹部の座を手にする(基本理念を維持する)。
 5) 決して満足しない―徹底した改善に絶え間なく取り組み、未来に向かって、永遠に前進し続ける(進歩を促す)。


【書評】わかりやすく〈伝える〉技術

 2013/4/6 2回目読了。
 プレゼンスキル本。


【書評】まんが現代史 アメリカが戦争をやめない理由

 2013/4/6 2回目読了。
 アメリカと戦争を軸に捉えた現代史。


【書評】ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則

 2013/3/34 2回目読了。
 ビジョナリーカンパニーの続編。良い企業が偉大な企業になる分かれ目を調査した本。
 書中にまとめてある偉大な企業の特徴は以下のとおり。

 1.第五水準のリーダーシップ(p.62-63)
 1−1)要点
 ・偉大な実績に飛躍した企業はすべて、決定的なj転換の時期に第五水準の指導者に率いられていた。
 ・「第五水準」とは、企業幹部の能力にみられる五つの水準の最上位を意味している。第五水準の指導者は個人としての謙虚さと職業人としての意思の強さという矛盾した性格をあわせもっている。野心的であるのは確かだが、野心は何よりも会社に向けられていて、自分個人には向けられていない。
 ・第五水準の指導者は次の世代でさらに偉大な成功を収められるように後継者を選ぶが、第四水準の経営者は後継者が失敗する状況を作りだすことが少なくない。
 ・第五水準の指導者は徹底して謙虚であり、控えめで飾らない。これに対して比較対象企業の三分の二以上では経営者の我が強く欲が深く、この点が会社が没落したり低迷が続く一因となっていた。
 ・第五水準の指導者は、熱狂的といえるほど意欲が強く、すぐれた成果を持続させなければ決して満足しない。偉大な企業への飛躍に必要であれば、どれほど大きな決定でも、どれほど困難な決定でもくだしていく。
 ・第五水準の指導者は職人のように勤勉に仕事をする。見栄えのいい馬より農耕用の馬に近い。
 ・第五水準の指導者は成功を収めたときは窓の外を見て、自分以外に成功をもたらした要因を見つけ出す。結果が悪かったときは鏡を見て、自分に責任があると考える。比較対象企業の経営者はその逆の態度を取ることが多い。成功を収めたときは鏡を見て、自分の功績だと考えるが、結果が悪かったときは窓の外を見て責任を押し付ける。
 ・最近の傾向の中で特に街が大きいものに、派手で有名な経営者を選び、第五水準の指導者になりうる人材を排除する傾向がある(とくに取締役会にこのような傾向がある)。
 ・第五水準の指導者になりうる人材は、どの点に注目して探せばいいのかが分かれば、周囲にたくさんおり、第五水準になりうる素質を持った人も多いとみられる。

 1−2)予想外の調査結果
 ・非凡で有名な変革の指導者の招聘は、偉大な企業への飛躍とその持続と逆相関の関係にある。飛躍を導いた十一人のCEOのうち十人は社内からの昇進であり、比較対象企業は外部の人材を招聘した頻度が六倍も高かった。
 ・第五水準の指導者は成功をもたらした要因として、個人の偉大さではなく、幸運をあげている。
 ・われわれは当初、第五水準のリーダーシップやそれに近い物を探していたわけではないが、データの圧倒的な説得力によって、この概念に行きついた。第五水準のリーダーシップは事実から導き出された概念であり、何らかの思想に基づく概念ではない。


 2.最初に人を選び、その後に目標を選ぶ(p.101-102)
 2−1)要点
 ・偉大な企業への飛躍を導いた指導者は、まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、つぎにどこに向かうべきかを決めている。
 ・この章の要点は適切な人材を集めることだけではない。「だれを選ぶか」をまず決めて、「何をすべきか」を決める。ビジョンも、戦力も、組織構造も、技術も、「だれを選ぶか」を決めた後に考える。「だれを選ぶか」をまず決めて、その後に「何をすべきか」を決める。この原則を厳格に一貫して適用する。
 ・比較対象企業は、「一人の天才を一千人で支える」方式をとっている場合が多い。天才的な指導者がビジョンを確立し、ビジョンを実現するために有能な兵士を集める方式である。この方式は天才が退けば崩れる。
 ・飛躍を導いた指導者は、人事の決定に厳格であって冷酷ではない。業績向上の主な戦略としてレイオフやリストラを使うことはない。比較対象企業はレイオフをはるかに頻繁に使っている。
 ・人事の決定で厳格になるための実際的な方法を三つ見つけ出した。
  (1)疑問があれば採用せず、人材を探し続ける(関連する点として、成長の最大のボトルネックは何よりも、適切な人々を採用し維持する能力である)。
  (2)人を入れ替える必要があることが分かれば、行動する(関連する点として、まず、座っている席が悪いだけなのかを確認する)。
  (3)最高の人材は最高の機会の追求にあて、最大の問題の解決にはあてない(関連する点として、問題の部門を売却する決定を下した時、優秀の人たちを一緒に売り渡してはいけない)。
 ・偉大な企業への飛躍を導いた経営陣は、最善の答えを探し出すために活発に議論し、方針が決まれば、自分が担当する部門の利害を超えて、決定を全面的に支持する人たちで構成されている。

 2−2)意外な調査結果
 経営陣の報酬と飛躍とを結びつけるような一貫したパターンは発見できなかった。報酬制度の目的は、不適切な人々から正しい行動を引き出すことにはなく、適切な人をバスに乗せ、その後もバスに乗り続けてもらうことにある。
 ・「人材こそがもっとも重要な資産だ」という格言は間違っている。人材は最重要の試算ではない。適切な人材こそが最も重要な資産なのだ。
 ・どういう人が「適切な人材」なのかは、専門知識、学歴、業務経験より、性格と基礎的能力によって決まる。


 3.厳しい現実を直視する(p.140-141)
 3−1)要点
 ・偉大な実績に飛躍した企業はすべて、偉大さへの道を発見する課程の第一歩として、自分がおかれている現実の中で最も厳しい事実を直視している。
 ・自社がおかれている状況の真実を把握しようと、真摯に懸命に取り組めば、正しい決定が自明になることが少なくない。厳しい現実を直視する姿勢を貫いていなければ、正しい決定をくだすのは不可能である。
 ・偉大な企業に飛躍するためにまず行うべき点は、上司が意見を聞く機会、そして究極的には真実に耳を傾ける機会が十分にある企業文化を作り上げることである。
 ・上司が真実に耳を傾ける社風を作る基本的な方法が四つある。
  (1)答えではなく、質問によって指導する。
  (2)対話と論争を行い、強制はしない。
  (3)解剖を行い、非難はしない。
  (4)入手した情報を無視できない情報に変える「赤旗」の仕組みを作る。
 ・飛躍した企業は、比較対象企業と変わらずほど逆境にぶつかったが、逆境への対応の仕方が違っている。厳しい現実に真っ向から取り組んでいる。この結果、逆境を通り抜けた後にさらに強くなっている。
 ・偉大さへの飛躍を導く姿勢のカギは、ストックデールの逆説である。どれほどの困難にぶつかっても、最後にはかならず勝つという確信を失ってはならない。そして同時に、それがどんなものであれ、自分がおかれているもっとも厳しい事実を直視しなければならない。

 3−2)意外な調査結果
 ・カリスマ性は強みになると同時に、弱みにもなりうる。経営者が強い個性をもっているとき、部下が厳しい現実を報告しなくなりかねない。
 ・リーダーシップはビジョンだけを出発点とするものではない。人びとが厳しい現実を直視し、その意味を考えて行動するよう促すことを出発点とする。
 ・従業員や幹部の動機づけに努力するのは、時間の無駄である。ほんとうの問題は「どうすれば従業員の意欲を引き出せるか」ではない。適正な人たちがバスに乗っていれば、全員が意欲をもっている。問題は、人びとの意欲を挫かないようにするにはどうすればいいのかである。そして、厳しい現実を無視するのは、やる気をなくさせる行動のなかでもとくに打撃が大きいものだ。


 4.針鼠の概念(p.187-189)
 4−1)要点
 ・偉大な企業になるには、三つの円が重なる部分を深く理解し、単純明快な概念(針鼠の概念)を確立する必要がある。
 ・その際のカギは、自社が世界一になれる部分はどこか、そして同様に重要な点として、世界一になれない部分はどこかを理解することである(世界一に「なりたい」分野ではない)。針鼠の概念は目標ではないし、戦略でもないし、意図でもない。理解である。
 ・中核事業で世界一になれないのであれば、中核事業は針鼠の概念の基礎にはなりえない。
 ・世界一になれるとの理解は、中核的能力よりもはるかに厳しい基準である。能力があっても、ほんとうに世界一になれるほどの能力だとはかぎらない。逆に、世界一になれる事業があるが、現在はその事業について能力がない場合もある。
 ・経済的原動力になるのが何かを見つけ出すには、最大の影響を与えるひとつの分母を探し出すべきだ(企業なら「X当たり利益」、非営利事業なら「X当たり年間予算」のXを探し出す)。
 ・偉大な実績に飛躍した企業は理解に基づいて目標と戦略を設定している。比較対象企業は巨星に基いて目標と戦略を設定している。
 ・針鼠の概念の確率は、反復の過程である。評議会が有益な手段になりうる。

 4−2)意外な調査結果
 ・偉大な実績に飛躍した企業は針鼠に似ている。針鼠は単純で冴えない動物だが、たったひとつ、肝心要の点を知っており、その点から離れない。比較対象企業は狐に似ている。狐は賢く、さまざまな点を知っているが、一貫性がない。
 ・飛躍した企業は、針鼠の概念を獲得するまでに平均四年かかっている。
 ・戦略を確立していた点だけでは、飛躍した企業と比較対象企業に違いはなかった。どちらの種類の企業も戦略計画をたてていたし、飛躍した企業の方が戦略の開発に時間とエネルギーをかけたといえる事実はまったくなかった。

 
 5.規律の文化(p.228-229)
 5−1)要点
 ・偉大な業績を維持するカギは、みずから規律を守り、規律ある行動をとり、三つの円が重なる部分を熱狂的ともいえるほど重視する人たちが集まる企業文化を作り上げることにある。
 ・官僚制度は規律の欠如と無能力という問題を補うためのものであり、この問題は不適切な人をバスに乗せていることに起因している。適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろせば、組織を窒息させる官僚制度は不要になる。
 ・規律の文化には二面性がある。一方では一貫性のあるシステムを守る人たちが必要だ。しかし他方では、このシステムの枠組みの中で、自由と責任を与える。
 ・規律の文化は行動の面にかぎられるものではない。規律ある考えができ、つぎに規律ある行動をとる規律ある人材が必要である。
 ・飛躍した企業は、外部からみれば退屈だとか月並みだとか思えるかもしれない。しかし内部をくわしくみていくと、極端なほど勤勉で、おどろくほど徹底して仕事に取り組む人たちが大勢いる(コッテージ・チーズを洗う人たちだ)。
 ・規律の文化と規律をもたらす暴君とを混同してはならない。このふたつはまったく違ったものであり、規律の文化はきわめて有益だが、規律をもたらす暴君はきわめて有害である。救世主のCEOが強烈な個性によって規律を持ち込んだ場合、偉大な業績を持続できないのが通常だ。
 ・偉大な業績を持続させるためにもっとも重要な点は、針鼠の概念を熱狂的ともいえるほど信奉し、三つの円の重なる部分に入らないものであれば、どんあ機会でも見送る意思ををもつことである。

 5−2)意外な調査結果
 ・宗教的ともいえるほどの一貫性をもって、三つの円の重なる部分に止まる規律をもつほど、成長と貢献の魅力的な機会が増える。
 ・「一生に一度の機会」であっても、三つの円が重なる部分に入っていないのであれば、飛びつく理由はまったくない。偉大な企業になれば、そのような機会にたくさんぶつかるようになる。
 ・超優良に飛躍した企業では、予算編成は、それぞれの活動にどれだけの資金を割り当てるかを決めるものではない。どの活動は針鼠の概念に最適で、したがって集中的に強化すべきか、どの活動は完全に廃止すべきかを決めるものである。
 ・「止めるべきこと」のリストは、「やるべきこと」のリストよりも重要である。
 
 
 6.促進剤としての技術(p.260-261)
 6−1)要点
 ・偉大な業績への飛躍を遂げた企業は、技術と技術の変化について、凡庸な企業とは違った考え方をしている。
 ・飛躍した企業は技術の流行に乗るのを避けているが、慎重に選んだ分野の技術の利用で先駆者になっている。
 ・どの技術分野に関しても決定的な問いは、その技術が自社の針鼠の概念に直接に適合しているのかである。この問いへの答えがイエスであれば、その技術の利用で先駆者になる必要がある。ノーであれば、ごく普通に採用するか無視すればいい。
 ・技術は適切に利用すれば業績の勢いの促進剤になるが、勢いを作りだすわけではない。偉大な業績に飛躍した企業が、先駆的な技術の利用によって転換をはじめたケースはない。しかし、三つの円を理解するように、業績が飛躍するようになった後に、どの企業も技術の利用で先駆者になっている。
 ・飛躍した企業が開発した最先端技術を直接比較対象企業に無料で提供しても、比較対象企業は偉大な企業に近い業績をあげることはできないだろう。
 ・技術の変化にどのように反応するかは、偉大な企業と凡庸な企業の同期の違いを見事に示すものになる。偉大な企業は思慮深く、創造性豊かに対応し、自社の可能性を実現したいとの動機によって行動する。凡庸な企業は受け身になって右往左往し、取り残されることへの恐怖によって行動する。

 6−2)意外な調査結果
 ・かつて超優良であった企業の没落(そしてほとんどの企業が凡庸さから抜け出せないこと)が技術の変化を主因とするものだとの見方を支える事実はでてこなかった。たしかに技術面で遅れていては、偉大な企業にはなれない。しかし、技術そのものが偉大な企業への飛躍や偉大な企業の没落の主因になることはない。
 ・偉大な業績への飛躍を導いた経営幹部を対象に行ったインタビューでは、全体の八十パーセントは、飛躍をもたらした上位五つの要因の一つとして技術をあげていない。ニューコアのように、新技術の利用の先駆者として有名な企業でも、この点は変わらない。
 ・技術が急激に大幅に変化する時期にすらも、「這い、歩き、走る」方法がきわめて効果的になりうる。
 
 
 7.弾み車と悪循環(p.295-296)
 7−1)要点
 ・偉大な企業への飛躍は、外部からみれば劇的で革命的だといえるが、内部からみれば、生物の成長のような積み重ねの過程だと感じられる。最終的な結果(劇的な結果)と過程(生物の成長のような積み重ねの過程)を混同すると、見方が歪んで、実際には長期間にわたる動きであることが見えにくくなる。
 ・最終結果がどれほど劇的であっても、偉大な企業への飛躍が一気に達成されることはない。決定的な行動、壮大な計画、画期的な技術革新、たったひとつの幸運、魔法の瞬間といったものはない。
 ・偉大さを持続できる転換は、準備段階から突破段階に移行するパターンを常にたどっている。巨大で重い弾み車を回転させるのに似て、当初はわずかに前進するだけでも並大抵ではない努力が必要だが、長期にわたって、一貫性をもたせてひとつの方向に押しつづけていれば、弾み車に勢いがつき、やがて突破段階に入る。
 ・比較対象企業はこれとはまったく違う「悪循環」のパターンに陥っている。弾み車を押しつづけて一回転ずつ勢いを積み重ねていくのではなく、準備段階を飛び越して一気に突破段階に入ろうとする。そして業績が期待外れになると、右往左往して一貫した方向を維持できなくなる。
 ・比較対象企業は、賢明とはいえない大型合併によって突破口を開こうと試みることが多い。これに対して、偉大な業績に飛躍した企業は通常、突破段階に達した後に、すでに高速で回転している弾み車の勢いをさらに加速する手段として、大型買収を使っている。

 7−2)意外な調査結果
 ・飛躍した企業の内部にいた関係者は、転換の時点ではその規模の大きさに気づかず、後に振り返ってみてはじめて、大規模な転換であったことに気づいている場合が少なくない。転換の動きには名前や、標語や、開始の式典や、特別な計画など、何か特別なことをやっていると思わせるものは何もなかった。
 ・偉大な企業への飛躍を導いた指導者は、「力の結集」「従業員の動機付け」「変化の管理」にはほとんど力をいれていない。条件がうまく整えば、意欲や力の結集や動機付けや改革への支持の問題は、自然に解決する。力の結集は主に実績と勢いの結果であり、逆ではない。
 ・短期的な業績向上を求めるウォール街の圧力は、弾み車の方法と矛盾しない。弾み車効果はこうした圧力のもとで発揮できないわけではない。それどころか、こうした圧力に対応する際のカギになる。
 

【書評】日本の外交

 2013/3/34 2回目読了。
 日本外交の思想的背景を調べることによって、日本の置かれた国際的地位を理解しようとした本。
 
 機ゞ畭綟本外交の源流
 ・日露戦争以前の外交方針:経済的には産業を興し、軍事的には朝鮮半島とその周辺を重視し、国力を上げて条約改正の貫徹を図る。(p.22)
 ・政府の外交方針はほとんどつねに現実主義的、民間のそれはほとんどつねに理想主義だった。(p.28)
 
 供…觜饉腟噌餡汎本の誕生
 ・日本の安全や地位は列強の一つとして他の列強とともに国際政治に加わることにあると考えられた。(p.35)
 
 掘‖舂国家への道
 ・日露戦争当時、およびその直後の外交方針:従来通りの帝国主義外交だった。(p.50)
 ・日露戦争後数年間の外交方針:2つの問題を抱えていた。(p.61-62)
   1)日本指導者の間で国際政治や日本の針路についての深刻な対立が生じ始めていた。
   2)国際情勢の激変のため、日本人の外交観念の多くが、現実にそぐわないものとなっていった。条約改正・朝鮮問題の解決という具体的な目標が消え、しかも中国のナショナリズム・アメリカの人種偏見というテーマが新しい問題を提起していた。
 ・日本の指導者や知識人が東西文明の融合を語り、「世界の中の日本」を論ずるようになった。(p.62)
 
 検‥彰拘の日本外交
 ・第一次世界大戦前後の外交方針:日本の外交は依然として現実的、機会主義的であり、新しい情勢が発生するたびに、その事態に応じて政策を立てたが、全体として統一を欠き、ましてや刻々と変化する世界情勢を把握すべき根本的思想を生むには至らなかった。しかも、このような事態にあって、日本の取った行動自体、さらに新しい反応を諸外国に呼び起こし、それがまた日本に問題を提起する、というような連鎖反応が続き、その結果、日本外交のあり方についての深刻な反省と再評価を迫られた。(p.64-65)
 ・アジア主義的な思想と東西協調的な思想とが鋭い対立を続けたため、新しい思想を生み出そうとする努力は、一部の日本指導者によってしかなされなかった。(p.78)
 
 后/恵畚への構築
 ・1920年代の外交方針:2つの特徴を持っていた。(p.90)
 1) 日本は「世界の大勢」と歩調を合わせ、排他的、侵略的な政策を捨てて、平和や正義の精神にのっとり、「国際間の親善と一致」を基底とした外交方針を貫こうとした。
 2) 経済重点主義的な外交思想を持っていた。
 
 此‘中戦争の思想
 ・1930年代の外交方針:1920年代の外交思想に対する反動として、軍事優位の思想が復活した。ひとたび満州事変を起こして満州国形成にまでこぎつけると、今度はつぎからつぎへと対外問題が発生し、陸海軍とその場限りの対策を講じるようになり、一貫した国防計画が生まれなかった。(p.110)
 
 察‖席人寮鐐茲悗瞭
 ・太平洋戦争前後の外交方針:アジア主義的なイデオロギーが狂信的なまでに強められた。(p.135)
 
 次‘米戦争から日米安保まで
 ・敗戦後、日本は経済外交に専心した。(p.144)
 
 終章 外交とは何か
 ・明治以来百年近く、日本の外交がほとんどつねに現実的、実際的であり、刻々と変化する国際情勢にそのつど対応していき、その場合国土の安全、貿易の進展という、軍事経済両面でのナショナルインタレストが、日本の外交思想の枠を作っていた。(p.171)
 ・日本外交を支える思想として、「東と西の間の日本」という概念がときに出現した。(p.171)
 ・今後望まれるのは、日本人が新しい外交の思想を展開させるような国際環境であり、そのような環境を作るべく日本人が努力することである。(p.185)


【書評】投資家のための金融マーケット予測ハンドブック[第3版]

 2013/3/16 1回目読了。
 市場関係者や投資家が金融マーケットを予測するための手引書。各種統計や指標の説明が充実。執筆者は信託銀行の実務者たち。次に読むときは新版を買う。

【書評】これが憲法だ!

 2013/3/16 2回目読了。
 「憲法に期待するのはお門違いだよ」と醒めた憲法学者(長谷部恭男)と、「そんなんでいいのかよ、おいおい」と切り込む政治学者(杉田敦)との日本国憲法に関する対談。

 以下は対談のまとめ。
 杉田「まず、憲法というものを書かれたテキストそのもの、つまり条文に限定して考えるのはあまり生産的ではない、ということがはっきりしました。憲法とはある国の政治を成り立たせている枠組みであり、したがって、憲法の最も大事な部分は、その国の政治のありようについてどういう選択をしているのか、長谷部さんの言い方では憲法の『原理』にあたる部分だ、ということです。これを政治学の言い方で表現すれば、憲法(コンスティテューション)とは政治体制だ、ということになるでしょう。
 そして、私たちにとって憲法が必要とされるのは、多様な考え方をする人びとの共存のためだ、ということも明らかになりました。このことはさまざまな含意を持ちますが、そのうちの一つは、人びとの共存を危うくすることはあらかじめ排除する、というコミットメントを、憲法がしているのだということでしょう。
 ただし、憲法の位置づけについて、私と長谷部さんの考え方が完全に一致したわけではありません。まず、特定の国の国法としての憲法をどうとらえるか。私は、憲法のテキストが普遍的な価値に言及していながら、国民という特定の人間集団の利益を追い求め、外部の人びとには冷淡である、ということに違和感を持っています。しかし、長谷部さんは、そうしたやり方こそが、最も安定的に事態を改善していく道なのだ、と考えていると思います。
 次に、二人の権力観の違いともいうべきものがあります。長谷部さんは、最も重大かつ危険な権力は国家権力・公権力であるという点では、伝統的な憲法学と同じ考えで、そのため、憲法というものを基本的には権力制限的に捉えようとします。そこでは、権力の暴走という自由主義的な立場が前面に押し出されることになります。それに対して私は、デモクラシーとか国民主権とかいったものを、もう少し真剣に受け止めていますので、政治の主人公が国民である以上、最終的には国民が権力について責任を持つべきだという考え方をするわけです。
 このこととも関連しますが、官僚や憲法学者といった専門家集団をどうとらえるか、という点でも二人のニュアンスの違いは明らかになりました。どちらかといえば私は、選挙で選ばれていない専門家集団による支配には批判的であり、長谷部さんはそうした部分が果たす役割により大きな期待を抱いているといえるでしょう。
 このように、いくつかの点で意見の違いもありましたが、私たちは、現在進行している改憲論議(注:この対談は第一次安倍政権の始まった2006年に行われた)に対しては、基本的に同じ態度で臨むことができると思います。権利についても、いわゆる統治機構についても、そしてセキュリティーについても、現在の憲法を変えなければならない理由はついに見当たらなかった、ということです」
 長谷部「きれいなまとめですね。何も申し上げることはありません」



【書評】はじめての構造主義

 2013/3/16 2回目読了。
 文化人類学者レヴィ=ストロースの生涯を振り返りつつ、彼を嚆矢とする思想「構造主義」を紹介する本。構造主義は社会に潜むルールをあぶり出し、複数の社会を相対化する思想。西欧社会から始まり、西欧社会優位の視点を破壊した。


【書評】無限論の教室

 2013/3/16 2回目読了。
 無限論を題材にした数学と哲学に関する物語り。著者があとがきで「自発的に、大学の仕事から解放された年末に、クリスマスも大掃除もそこそこにして、出版のあてもなく書いた」(p.232)本。結局に無限論がわからなくても、3人の登場人物(ぼく、タカハシさん、タジマ先生)の会話を追うだけでほっと和みます。


【書評】ハイエク 知識社会の自由主義

 2013/3/16 2回目読了。
 経済学者フリードリヒ・A・フォン=ハイエクの生涯と考えを紹介する本。
 人びとは不完全な知識のもとで慣習に従って(必ずしも合理的とは言えない)行動をするとハイエクは考えました。また彼は生涯を通じて、社会主義と新古典派経済学に共通する「合理主義」と「完全な知識」という前提を攻撃し続けました。不可知論(人間には知りようのないことがあるという立場)に立つハイエクに共感するので、彼の本を今度読んでみるつもりです。「本書の読者が、一人でもハイエクの本を読んでみようという気になれば、本書の役割は達成される」(p.8)ので、これは私にとって役に立った本でした。


【書評】近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」

 2013/3/9 2回目読了。
 物心つく頃からケータイを持って育ってきた現代日本の若者には、他者と常につながっている感覚が備わっており、この感覚から、彼らの間には自分と他者とで「空気」を読みあう「新村社会」が出来上がっていることを主張する本。著者は日本全国の若者約1,000人にインタビューした。
 「新村社会」の掟は以下のとおり。
 1) 愛想笑いを絶やしてはいけない
 2) 弱っている村人を励まさなくてはいけない
 3) 一体感を演出しなくてはいけない
 4) 会話を研ぎらせてはいけない
 5) 共通話題をつくりださないといけない
 6) 「正しいこと」より「空気」に従わなくてはいけない
 7) コンプレックスを隠さなくてはいけない
 8) 「だよね」会話をしなくてはいけない
 9) 恋人と別れてはいけない


【書評】日本をダメにした10の裁判

 2013/3/9 2回目読了。
 日本社会に特に影響を与えた裁判を紹介した本。
 裁判官へのエールを贈った本でもある。

 取り上げられたテーマと裁判例は以下のとおり。
  1) 人員の整理解雇の四要件―東洋酸素事件
  2) 会社と従業員との労働契約―東亜ペイント事件
  3) 代理母出産―代理母事件
  4) 痴漢犯罪と刑事裁判
  5) 公務員バリア―共産党幹部宅盗聴事件
  6) 企業献金―八幡製鉄政治献金事件
  7) 一票の格差―定数是正判決
  8) 迅速な判決―ロッキード事件
  9) 内部告発―寺西裁判官分限事件
  10) がんばれ最高裁―国民審査制度


【書評】バブルの歴史―チューリップ恐慌からインターネット投機へ

 2013/3/9 2回目読了。
 投機(speculation)の歴史書。その時その時の人びとが描かれている。歴史は同時代の人びとを現代の視点から解釈し直す行為であることを学んだ。大著であり、個々の事例を覚えようとするのはお勧めしない。


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