(ぼわっとした話です)
  「『知識人』と称される人たちの言説には反権力、反文明、反米国のいずれかがその主張の根底にあるような気がする。大学でもそういう雰囲気ってある?」と後輩に尋ねたら、「そういうのは年齢が上になればなるほどありますよ」と返されたことがある。知識人という人が自分の言説を常に自己批判しながら作り直していく人と定義すれば、反対という立場に身を置き続けることが知識人の在り方として妥当なのかという疑問があります。あくまで現象の分析や検証をするために、(上述の言説の根底を汲むならば)反対(anti)ではなく非(non)の立場にあることがより適切な身の置き方ではなかろうか。