2013/8/10 2回目読了。
 <ふと立ち止まり、ときに立ち竦んでしまっている>若者の青春を描く青春小説兼ノンフィクション文学。著者は当時21歳。1回目読了の頃は就職活動の最終盤で、大変に勇気づけられました。

 以下は書中の印象深い文章です。

 「僕は新宿の街を歩いていた。
 人々の流れはいつもと変わらない。しかし、僕の中では何かが変わっていた。道すがらたくさんの人たちとすれ違った。スーツを着たサラリーマンやOL、カップルや一人で紙袋を持って歩く人。そうした多くの人々のなかに、やはり多くの若者たちの姿がある。楽しそうに笑っている者、無表情に歩く者、所在なさげに誰かを待っている者。
 そんな人の渦のなかにいながら、ふと胸が熱くなるのを感じた。おそらく、彼らと僕とが深くかかわりあうことはない。しかし、みな自らの人生のなかに多くの葛藤を抱え、多くの不安を抱え、そして、多くの喜びを感じながら生きているに違いないのだ。
 ただの塊に見えていた集団のなかには、驚くほど多くの個があった。そして、彼らはみな、今日も明日も明後日も、自分の人生を切り開こうとしているはずだった。僕が出会った八人の若者たちもそのなかにいる。僕もそのなかにいる。一人として。個人として。
 僕はいままで、社会というものを壁の向こう側にある大きな鍋だと思っていた。そして、社会に出ることに対しての戸惑いを胸に抱いている悩める若者たちが壁の前で立ち止まり、列をなしているのだと感じていた。
 しかし、ふと気がつくと、前に立ちはだかっていたはずの壁は消えてなくなっていた。湯気を立ち上がらせていたはずの煮え立つ鍋もなかった。後ろを振り返れば、列をなしていたはずの若者たちの姿もどこにも見えない。ただ広大な大地に一本の道だけがあり、僕はたった一人で立ち尽くしていた。そこは、他の誰のものでもない、僕のためだけにある、僕だけが歩いている道だった。
 一人一人が一人一人の道を歩いている。それは、僕が何人かの若者たちと出会って、気づかされたことだった。そして、彼らが一人で歩いてきた道と僕の道とが一瞬交差したとき、彼らの人生に起こったことを僕は少しだけ尋ねてみたに過ぎない。彼らは僕は少しの時間を共有した後、各々の道を今も歩き続けている。
 (中略)
 彼らはみな、自らの人生を切り開こうとする途上の若者たちだ。
 しかし、たとえ若者ではなくなってからでも、彼らが『途上』であることに変わりはない。どこまでも続く自分だけの道をこれからも一人で歩き続けていかなければならない。誰も代わりに歩いてはくれないし、背負っている荷物を塵ほどの重さでさえ肩代わりしてもらうこともできない。そして、誰かの荷物を背負ってあげることだってできない。僕は彼らの言葉の端々から、そんな思いにならぬ思いを知らず知らずのうちに感じ取っていたのかもしれない。だけど―――
 だけど、僕らは理解することはできる。一人で歩かなければならないことも、背負っている荷物を肩代わりしてはもらえないことも、そして、肩代わりすることだってできないことも。そう思うと、胸の中で凝り固まっていた何かが、少しずつほぐされていくような気分に僕はなる。胸を張らずとも、自信はなくとも、それでも人は社会への最初の一歩を踏み出すことになる。そして、いつまでも『途上』のまま、足を前へ前へと進めるのだ。
 道は続く。そして道に立っている以上、歩き続けなければならない。当然、僕も含めて。
 足の踏み出し方は違っていたとしても。その歩みに遅いも早いもない。
 道のかたちは違っていたとしても、その道のりに優劣はない」(p.284-p.287)